高城の合戦(天正六年)番外編

ここでは管理人が、高城の合戦の本編で紹介できなかったような、
どうでもいい?いえいえ、マニアックで奥深い内容を紹介します。


その二 島津義弘と伊集院忠棟

惟新公自記に見え隠れする「大人の事情」

伊集院忠棟いじゅういんただむね。彼は島津家の重臣である。
そして高城の合戦を伝える多くの文献にも、石ノ城の攻略戦、高城川原の合戦にて奮戦した記録が残っている。
にもかかわらず、「惟新公自記」という文献には逆の内容(伊集院忠棟は軍律に叛いたという内容)が記述されている。
晩年の島津義弘しまづよしひろが、その自らの生涯の記録を書き残した「惟新公自記」における記述内容が何故そのようになったのか?
そこには当時の島津家における「大人の事情」が見え隠れしている。

その一  謎の上野(穂北)城合戦

検証【1】上野(穂北)城合戦は実在の合戦か?

「上野(穂北)城」における合戦は高城の合戦の2ヶ月前に起こったとされている。
しかし、この合戦については、島津方の文献にもあまり記述されていない。
この合戦は実在の合戦だったのか?複数の文献からその真偽を検証する。

検証【2】長倉洞雲斎ながくらどううんさい親子と二人の壱岐加賀守いきかがのかみ

「上野(穂北)城」における合戦の時の城主は壱岐加賀守とされている。
しかし、その合戦の9ヶ月前に、豊後へ逃げてゆく伊東義祐一行をかくまった穂北城主は、長倉洞雲斎とされている。
壱岐加賀守とは誰なのか?複数の文献からその真偽を検証する。

検証【3】くま城と上下の城

文献では「上野城」、「隈城」、「上下の城」という聞きなれない城が登場する。
これらの城はいったいどこの城のことなのか?













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